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同性愛者(♀)が独特の視点で恋愛とモテる方法について考察します。

まだヘテロ(異性愛)で消耗してるの?バイへの移住のすすめ

Girls camp 344
Girls camp 344 / znuk

まだヘテロ(異性愛)で消耗してるの?

言うまでもなく某有名ブログタイトルのパクリ……いや、オマージュです。

なので、炎上してもどんと来い!です。\(^o^)/

冗談です

 

……でも実際、周りを見ていて「ヘテロ(異性愛)で消耗してるな~」と感じること、多いです。

同性愛者の私が見ていると、「だったらいっそ試しにレズビアンorゲイになっちゃえば視界が開けるんじゃない?」と冗談じゃなく真面目に思う人が周りに一杯居ます。

何でそう思うに至ったか、ヘテロがすごく無駄に消耗させられていると思う点をこれから述べたいと思います。

 

人生全てにおいて自己責任の時代、ヘテロが一番消耗させられている

ヘテロの皆さん、結婚の事考えていらっしゃいますか?

少なからず人生設計の視野に入れてますよね。

更に結婚の先は出産を検討されている方も多いと思います。

哀しい哉、結婚を愛だけで決められない時代です。老後の事まで考えた上で将来不安ない貯金を残せるパートナーを選ばないといけません。

 

ひと昔前の結婚はもっとはっきりしていました。まず結婚は半ば義務。納税をしなければならないのと同じ様に、いい年になって結婚をしていない奴は真っ当な社会人と見なされない社会でした。

役割分担もはっきりしていました。男は外で稼ぐ。女は家で家事をして子供を育てる。この風習が人権的にどうかという是非はさて置き、とにかく有無を言わせず「男はこうするべき、女はこうするべき」が良しとされる縛りが今よりずっと強固だった分、男性も女性も「考える」必要がありませんでした。個性や人格に関わらず、生まれた時点で人生のレールがある程度敷かれている社会はある意味とても楽です。

 

今は生き方の選択肢が増えています。特に女性の社会進出は目覚ましいです。個性によって様々なライフスタイルを送る事が可能な時代です。

よくお婆ちゃんとかに「あんた達は色んな事が出来て幸せよ。婆ちゃんの時代は不自由だった」と言われる事がありますが、それは心からの本音でしょう。自分達がやりたくても出来なかった事を何の障害も無く出来る素晴しい時代です。

 

ところが一方で「考える」必要が出て来てしまいました

一生独身の人生を選んでも構いません。でも、独身で居る覚悟が必要です。

  • 老後を一人で生きるのに充分な蓄えを残す力量があるか?
  • 孤独になった場合、精神的に耐える工夫と勇気はあるか?
  • もし親の介護が必要になった場合や不測の事態が訪れた時、配偶者無しに乗り切れる自信はあるか?

これらの課題を「全て自分で想定して判断」しなければならないのです。

未来の事など誰にも解りません。それでも自分で決めなければならないのです。

「私は才能も知恵も自信もあるから年老いて独身でも生きてける!」と堂々と言える人はどれ位居るでしょうか?又居たとして、その判断は他人が聞いて理性的かつ合理的な判断だと思って貰えるでしょうか?

 

20~30代の人に老後も踏まえつつ個性も活かした人生設計プランを求めるのは、子供に将来の夢を聞くのと同じレベルの「当てにならなさ」を感じます

子供なら「将来の夢はプロ野球選手!アイドル!」と言っても笑って済ませられますが、大人はそうは行きません。「一生独身貴族で生きて行く!」と30代後半で決めたなら、余程の事が無い限りそのプランは後戻り出来ません。

 

殆どの人間はそこ迄「自分で考えて決める」事は出来ません。未来の不確定要素によるリスクが大きいからです。なので無難な結婚ルートを選びます。

でもたとえ消去法によって選ばれた無難なルートであっても「自分で考えて決めた」選択肢である事には変わらないと社会には見なされてしまう。人生につまづくと「自己責任」と見なされる。これが現代社会の一番生き辛い所ではないでしょうか?

 

こんな筈じゃ無かった、とけして言わせて貰えない時代です。

失敗が許されません。

 

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ヘテロセクシャルからバイセクシャルへの移住は如何?

だからヘテロの人は結婚に焦っている人が多いです。

恋愛を恋愛として楽しめない人も沢山居ます。

更にジェンダーに関する議論も現代は盛んですから、ひと昔前なら矢面に立たなくて良かった話題を自分の事として考えなければいけない風潮になりました。

男性も女性も恋愛に疲れて居ます。

恋愛する前から恋愛に食傷気味な人も居ます。

今はアニメやコスプレなんかでそう言ったジェンダーによるストレスを解消する手段も沢山ありますが、ヲタク的要素が無い人間には入り辛い部分もあります。

 

そこで「ヘテロからバイへ移住する」という手は如何でしょう。

 

別に深く考えなくていいんです。

(レズ)ビアンの中には、ヘテロなのに軽い気持ちでビアン・バイの世界に来る人の事を「ファッションレズ」なんて揶揄する人も居ます。

地方の人の中にはブームに乗ってIターンしてズカズカ自分の土地に踏み込んでくる若者を快く思わない人も居るでしょう。それと同じです。その人達はその人達の論理で生きているだけなので気にしなくていいと思います。

その場所に対する最低限の敬意と礼儀を持っていればその人の過ごし方は自由です。好きな時に入って、抜けたくなったら抜ければいいです。

 

「バイセクシャル村」へ移住するメリット

  1. 社会制度のしがらみが無く自由な気分を味わえる
  2. 「考える」以前に「そうせざるを得ない」人の強さを知れる
  3. 同性だらけのに世界に浸かる事で自分の性が復権する

一つずつ説明して行きます。

社会制度のしがらみが無く自由な気分を味わえる

 日本では同性同士で婚姻関係を結べません。渋谷区のパートナーシップ制度の様に婚姻関係に近い権利を得る事が出来たとしても、社会的に認められるのはまだまだ先の事でしょう。例えば男性が男性と結婚しましたと会社に報告しても「これでお前も一人前だな。仕事に一層励めよ」とは絶対に言われません。

他の人が普通に得ている承認や権利を得られないのはLGBT(=ビアン・ゲイ・バイ・トランスの総称)の積年の悩みであります。

 

しかしこの「最初から社会的に外れた場所に居る事」が心地好い、という面もあるのです。

ヘテロは異性が恋愛対象であるが故に、恋愛の先に結婚や出産の要素がどうしてもちらついてしまいます。自分はただ純粋に恋愛を楽しみたいだけだったのに相手は結婚する気満々で疲れてしまったという様な話は沢山あります。そうでなくても恋愛→結婚→出産→老後のビジョンを想像するとうんざりする事もあるでしょう。

 

LGBTには最初からその権利が(殆ど)無いので、完全なる自由恋愛です。

個人的な見解ですが、ビアン・ゲイ界は付き合った人数のやたらと多い人が沢山居ます。若い子でも何十人と……なんて子がざらです。勿論、一人の人とずっと添い遂げている、という人も沢山居て、そこは好き好きですね。性癖も含めて、その人独自の恋愛スタイルを自由に模索出来るのがこの世界の良い所です。

最近はヘテロの若い男性で「恋愛するのが面倒臭い」と言っている人も多い様ですが、私の知る限りではゲイでもビアンでも「恋愛が面倒臭い」なんて言う人は一人も知りません。それだけ社会に縛られず伸び伸びと恋愛を楽しんでいるという事です。まあ同性を愛する人間だと自認しているからゲイなんであってその時点で恋愛が嫌な筈が無いのですが。

「恋愛が面倒臭い」と思っているヘテロの人は「”異性との”恋愛が面倒」であって実は「同性との恋愛」に向いている可能性が有るという事を頭の片隅に入れておいても良いのではないでしょうか。

 

 「考える」以前に「そうせざるを得ない」人間の強さを知れる

 最初の方で、現代のヘテロセクシャルのライフスタイルは昔と比べて「自分で考えて決定し自己責任を取る」事を要求される、息苦しい環境に置かれていると書きました。

それに対してLGBTは「考えて」いません

何故かと言うと、LGBTの大半は「考える」以前に「そうせざるを得なかった」からです。

考えるより先に同性をどうしようも無く好きになってしまった。好きな自分に気付いてしまった。だからそんな自分に合ったライフスタイルを選ぶしか無かった。

 

選択の余地が無いという点においては、皮肉な話ですが、ある意味ひと昔前の封建的な社会に似ているのかもしれませんね。選択肢が最初から限られているから、考える必要性が無いから、ある意味楽なのです。

 

LGBTの良い所は「好き」が原動力にある所です。

セクシャルマイノリティは色々と生き辛い面があります。自殺未遂をした知人も周りに何人も居ます。

それでも、自分の中にある「必然的な生き方」に気付いた人間は強いと感じます。例えばゲイは高収入の人が多いです。多分ですが、早い段階から老後の覚悟というか認識がはっきりとしているから、備え方に対する意識が違うんじゃないかと思います。

 

世間一般と異なった形でしたたかに人生を謳歌している人達と深く接していると、知らない間に植え付けられていたライフスタイルの固定観念が外れ、自ずとそれに触れている自分も「真に自分らしいライフビジョン」のピントが合って来ます。その時に改めて「同性を恋愛対象にし続けよう」なり「やっぱり異性と結婚しよう」なり「独身貴族を謳歌しよう」なり、または他の道なりを決めても遅くはないでしょう。

 

同性だらけのに世界に浸かる事で自分の性が復権する

ホモソーシャルという言葉をご存知でしょうか。

ヘテロ同士の集まりでありながら、同性愛に限りなく近い親愛関係や絆を持った関係性の事を言います。

体育会系の男子がじゃれあったり、「女は邪魔、男にしか解らない世界」といった風に異性を排除したりするあの感じをイメージして下さい。

ホモソーシャルは男性を指す言葉ですが、女性にもホモソーシャルは存在します。宝塚なんかもそうですし、あと女子会なんかもゆるいながらもホモソーシャル的感覚はあるのではないでしょうか。同性同士でしか成立し得ない連帯感がホモソーシャルのキーポイントです。

 

ホモソーシャルはホモセクシャルを嫌悪する故に起こる現象だと学問的にはされていますが、実際には両者の違いは薄皮一枚なのではないか、というのが私の見解です。

何故かと言うと、男性は男性と、女性は女性と深く接する事で自らの性を復権するからです。

 

人は異性と相対する事で傷付き、自分の性の弱さに直面させられます。

それを癒してくれるのが同性です。同性は「異性のあいつらには決して解らない、自分達の繊細な苦悩」を難なく共有出来ます。ある意味共犯者に近い感覚かもしれませんね。イケナイ部分も解り合えるし許して貰えるから深い部分で自分の性を肯定出来る

 

それだけではありません。これは実際に経験してみないと解って貰えない感覚ですが、同性と深い肉体関係を結ぶと異性とのそれでは満たされない部分が満たされます。

男性と女性が寝る時は原則的に男性は男性、女性は女性以外の何物にもなれません。(だからこそ自分の性を実感し、自信を持つ事が出来るという人はそれで良いです。とても真っ当で健康だと思います)

しかし同性同士で寝る場合、性は入り混じります。勿論男役・女役という様な役割分担はあるのですが、男役をやる男(或いは女役をやる女)がヘテロと同じく男性以外の何物にもなれないかと言うとそれは違います。男でも女でも無い、如何ともし難い「自分」という性にぶち当たるのです。それを知っているのと知っていないのとでは人生の風景のレンジが大きく変わっていくでしょう。

 

終わりに

「ヘテロで無駄に消耗してるんだったら一回LGBT来ちゃえば?」という話を長々と書きましたが、如何だったでしょうか。

誤解の無い様に言っておきますと、私はヘテロが減る事を願っている訳では全くありません。(ちゃんと読んで貰えれば解って頂けるとは思いますが念の為。)

私の見解が世のLGBTの総意では全然無い事も御承知下さい。ヘテロとLGBTは相容れないと思っている人も居ますし、その意見が間違っているとも思っていません。

 

少子化の時代に何をふざけた事言ってるんだという御指摘もあると思います。尤もだと思います。

ただ私は大局的な見方が出来ず、どうしても一人一人の気持ちにこだわってしまうタチです。かつ、多種多様な価値観を分かち合える混沌とした社会を好む方な為にこのような論調になりました。気を悪くした方が居たらすいません。

 

私の周りにはずっと異性と付き合ってきたけど同性と恋をしてすごく幸せな気持ちになれたという人が沢山居ます。

そんな人が一人でも増えれば、なんて事は思いませんが、恋愛や結婚のしがらみで窒息しそうな人に「こんな世界があるし、誰でもその気になれば行けるんだよ」という可能性を知って貰うだけでも少しは気が楽になると思います。どうか妄想してみてやって下さい。

「ホモになってみろって!ウケるwww」と笑って貰うのも良しです。

まあとにかく気を悪くせずに読んで頂ければ幸いです!

 

最後まで読んで頂き有難う御座いました。m(_ _)mペコ