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同性愛者(♀)が独特の視点で恋愛とモテる方法について考察します。

男性や社会への怒りをつい自己否定に繋げてしまう現代女性のこじらせっぷりをマンガでお腹いっぱい疑似体験―鳥飼茜「地獄のガールフレンド」

はじめましての方もいつも見て下さる数少ない方もどうもありがとうございます。
同性愛者のホニホニ(♀)です。

突然ですが、女の人ってめんどくさくないですか?

 


今時の言葉でいうと、全員もれなくこじらせてるっていうか……。
ま、それは男性も一緒なんでどっちの面倒臭さの方が愛せるかって話なんですけどね。
私は男性の面倒臭さより女性のそれの方がまだ愛せるので、同性を恋愛対象にするに至ったわけなんですが、そんな私でも「女の人、めんどくさっ!!」と思ってしまう事が多々あります。
そこで今回は、最近読んだマンガでとりわけ「これぞTHE女の面倒臭さ」といえる作品があったので、作品レビューと共に女心とは何かを探っていきたいと思います。

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「地獄のガールフレンド」が現代女性を知る最高の教材である理由

近年は女のこじらせ描写が秀逸な女性マンガがたくさん出ています。
ヤマシタトモコとか渡辺ペコとかジョージ朝倉とか……
中でも鳥飼茜「地獄のガールフレンド」は

  • バツイチシングルマザー
  • 処女性こじらせOL
  • 美魔女予備軍

と、イマドキ話題のこじらせ系女子ワードをふんだんに詰め込んだ3人の女子が共同生活をして、こじらせた悩みを家でぐだぐだ話し合うという、簡単に言うと超絶面倒臭い「かもめ食堂」みたいな話です。

 

地獄のガールフレンド  1 (FEELコミックス)

地獄のガールフレンド 1 (FEELコミックス)

 

 

「かもめ食堂」では店に毎日やってきてタダでコーヒーを飲みながらボンヤリ店に起こる様々な出来事を眺めているフィンランド人の青年がいますが、「地獄のガールフレンド」の作内にも一人だけ彼女らの下宿に入り浸る鹿谷君という男性がいます。彼は「かもめ食堂」の青年と違って三人の恋愛事情にずかずか踏み込んで意見を申します。


鹿谷君は処女にしか興味がないと公言する男子です。
女性から見たら男性的身勝手の極みともいえる処女厨という立場の鹿谷君が、こじらせ女子三人組に対していちいち物申す事でこの作品はバランスを保っています。

 

「こじらせ女子」と「処女厨男」という両極端な二つがバランスを取っているので、読んでいる側から見るとまるで天秤棒の両端、すんご~い端っこに超重いオモリがぶら下がっているのを見てる気分になるわけです。いつオモリがずれ落ちるか、気まぐれな風が吹いてバランスが崩れるか、天秤棒がオモリの重さに耐えられなくなって折れるか分からない状況です。

 

私の読む限り、既に主人公三人のキャラは若干破綻している気もします。あれ、前回で言ってた事と全然違うよね(作者の意図では明らかにない形で)……?というようなシーンがいくつもあります。単純に現代女性の代弁が羅列されている物として読む分には問題無いのですが、ストーリーやキャラ設定としては荒削りでゴツゴツとした面が目立ちます。
しかしそれこそがこの作品の魅力ではないかなとも私は思っています。なぜなら、リアルの女性もそうだから。矛盾とブレブレのキャラとでメチャクチャだけど何となく成立しているギリギリの天秤な毎日。

 

前置きが長くなってしまいましたが、いろんな意味で「地獄のガールフレンド」は現代の女性を知るのに格好の教材だと思った次第です。


何かに追い詰められている女子は静かに攻撃的だ。

「地獄のガールフレンド」は本編も名台詞のオンパレードなのですが、それ以前にまず各話のタイトルが秀逸です。
いくつか挙げてみます。

  • 「No.1 たしかに子供は産んだけどお前らまで産んだ覚えはないっつーか」
  • 「No.2 私が困るって言ったら皆はその2倍困るでしょ?」
  • 「No.3 男の子って自分のテリトリーに居る時の方がカッコイイんだよね…なんとなくだけど」
  • 「No.5 私の満足と、あなたの不満には、1ミリの関係性もないんです。」

 

もうわかった!ごめん!謝る!だからこういうの、もうやめよ!!
……男性ならついこう言ってしまいたくなるような、尖った言葉の羅列です。
でも女性からこういう事を実際に言われた際に「分かったからやめよう」とか「(根拠はないけど)俺が悪かった」といった言葉を返すと逆効果ですね。
このタイトルにあるような言葉を言う時の女性は燃えさかる怒りの感情を知性という葉っぱでくるんでなんとか持っている状態です。それを論理性の無いその場しのぎの言葉で返すのは、知性の葉っぱをビリビリに破くのと等しい行為です。破れた葉っぱの隙間からドロドロに熱い怒りがこぼれてきます。絶対にやめましょう。

かと言って論理に論理で返すのも得策ではありません。問題の根源は葉っぱではなく葉っぱにくるまれた感情の方ですから。

そうなると結局“知的disモード”に入った女性への対処法は「黙る」の一手に尽きるのではないかなと思います。
そうすると、うまく知性が感情に勝ってくれれば自分で解決してくれる事もあって。
男も女も同性愛者もみんな社会にもまれて何かしら疲れています。好きな女性といえども彼女が脳内で作り上げた泥沼に必要以上に付き合う必要はないんじゃないでしょうか。

 

異性や社会への怒りを“ださい”“みすぼらしい”という自己の低評価に繋げてしまう女性達


「地獄のガールフレンド」には女を知る至言・名言がたくさんちりばめられていますが、詳しい内容を言ってしまうと面白さが半減するので是非実際にマンガを読んで頂きたい。

「地獄のガールフレンド」の作品全体に広がっているのは
「こんな自分ださいと自覚できているけど中々抜け出せない」という空気です。

例えばこんなシーン。
主人公の一人、シングルマザーの加南さんが市役所帰りにイケメンとぶつかって書類をぶちまけます。
一瞬恋の予感かと思うのですが、イケメンから「大変ですよねお母さん」と声を掛けられて彼女は一気に萎えてしまいます。
「お母さん」という子供中心の呼ばれ方にショックを受けるんですね。女としての自分が無くなってしまったようで。
そこでシングルマザーがつぶやく心の言葉は
「ああ 私 みすぼらしー…」

 

え、なぜここで“みすぼらしい”?
“さみしい”とか“むかつく”とかならまだ分かるのですが、ただ子供を連れて市役所に行って通りすがりの人にお母さんと呼ばれて、それだけで“みすぼらしい”と思うのはあまりに卑下しすぎではないか……と思ってしまいます。

 

またこんなシーン。
処女厨の鹿谷君がセカンドバージンである悠里さんに一瞬迫ります。
悠里さんはバージンでは無いという事が分かりその場は落ち着くのですが、処女っぽい匂いを鹿谷君に嗅ぎつけられた悠里さんはなぜ分かったかを彼に聞きます。すると鹿谷くんは
「自家中毒っぽいトコかなァ
処女のヒトってさあ エネルギーが出口うしなって自分の体パンパンに漲ってる感じ」
と答えます。そんな鹿谷君の言葉に対して悠里さんは顔を赤らめ
「何ソレ私ださい!!」と思うのです。

男性から「パンパンに漲ってる感じ」と言われて“恥ずかしい”のは分かるのですが、
なぜ“ださい”のでしょうか?
そんなに処女性というのは“ださい”ものなのでしょうか……。


「地獄のガールフレンド」が最もよく現代女性のこじらせを描いているのはこの点です。
みすぼらしいと感じなくていい所でついみすぼらしいと思ってしまう。
ださいと思わなくていい所で反射的にださいと感じてしまう。
他者(特に異性とのやり取り)において傷付くと、斜め上の角度から自己を低評価してしまう。

斜め上の角度から低評価を下してしまうのはなぜか?
これもまた、両端に重いオモリがぶら下がって崩れそうな天秤と同じです。
鹿谷君の処女信仰に代表される旧来の男性的価値観と、地位向上の過渡期にさらされた現代の女性的価値観の両方に引き裂かれて苦しんだ末のこじらせなのです。


なので男性がこのマンガを読むと「よくわかんないけど女ってタイヘンだな」位の感想しか出てこない可能性大ですが、そこを頑張って読み説いて主人公たちが紡ぐひとつひとつのセリフを実世界の好きな女の子も呟いていると思うと少しは優しい気持ちになれるのではないでしょうか。
そうです、女の子の悩みは深いけれども大した事ではないのです。

 

「女性の悩みは案外大した事ではないと知るとモテる」という話は以前詳しく記事に書いたので、こちらもぜひ参考になさって下さい。

www.oneforgirl.com

 

今回は以上です。最後まで読んで頂きありがとうございました!(^^)